多治見の音屋っていう楽器屋が

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5月の末に岐阜県の多治見市に写真を撮りに行った時、駅前の商店街で楽器屋を見つけた。
お?こんなところに楽器屋が、と思ったが、昔は商店街には普通に楽器屋とかレコード屋があって、その2つが1つになった店とか、中には電気屋とか、タバコ屋とかが一緒になった雑貨屋みたいな店なんだけど、でも「ウチは楽器屋だ」っていう拘りが滲み出ているおもろい店なんかがあったもので、プラモ屋も本屋もオモチャ屋もスポーツ用品屋も、品揃えは今思えば思いっきり少数精鋭だったけど、どれも魅力的な店と店主だった。

で、その多治見の駅前商店街にあった楽器屋は、入り口も壁面もほとんどガラス張りだったから外から店内が良く見えて、中ではおそらく店主であろう男性がウッドベースのメンテナンスをしているところだった。

そうそう、僕の写真展のフライヤーやポスター、そして写真集の表紙の写真は、この日に多治見市役所の近くの路地裏で撮ったものだ。

仕事中の店主と目が合った。僕はカメラを右手に持っていて、普段なら撮りますよっていう無言の合図を送ってシャッターを切るか、構えずにレンズだけそっちに向けてノールックファインダーで撮っちゃうかするんだけど、その時はお互い微笑んで軽く会釈だけっていう、理由は特にないんだけど。

僕がベースギターを弾き始めたきっかけは小学4年の3学期に器楽部の顧問から、5年になったらウッドベースだと任命されたことだったから、ウッドベース(コントラバスとかアップライトベースとも呼ばれる)には愛着があって、レトロな商店街の楽器屋という、これまた大好きなものが2つ重なった上にウッドベースと来たら、もうあーた、ね!みたいな、そらもう、とにかくただただ嬉しくなっちゃうってもので(笑)

その時はそれだけであえて店には入らなかった。

けど、やっぱ気になって、その夜、ネットで「多治見 音屋 楽器」とググってみた。
店のサイトはなかったけど、思いがけないブログがヒットした。
黒夢〜SADSというロックバンドをやっていたボーカリストの清春のブログだった。

彼が高校生の頃に練習してのがこの楽器屋のレンタルスタジオで、彼のテレキャスターはこの店主が作ったものだそうだ。
なんだかわからないけど、俄然親近感が沸いて来て、やっぱ店に入って、こんちわ〜、いらっしゃい〜っていう、それだけでも言葉交わして、写真の1枚も撮らせてもらっとけばよかったなあと、端から見たらミーハーだと思われちゃうけど、それとはちょっと違う(と自分では思ってる)感覚を持った。


先週、このブログにも書いたビアガーデンでの飲み会の時、舎弟分の1人が、最近多治見を散策しに行った時に、商店街の中に楽器屋があって、なんかいいなあと思ったと偶然に音屋の話しをし始めて、僕が「な?いいよな、あそこ」みたいなことを言ったら、なんか店じまいって書かれてましたよって。

え?まじ?

今月いっぱいだったかな?というのを聞いてしまったので、なんかそれから気になって気になって。

で、昨日、大垣でひまわり撮った後、ETC割引の恩恵を活かして多治見まで走り、駅前商店街の近くにクルマを停めて、音屋まで行ってみた。

ほんとだ、8月31日で閉店しますって書いてある。

3ヶ月前に通りかかった時にはあったギターやベースがなくなっていて、店の中のワゴンや棚の上には弦とかストラップとかプックやスティックなどの消耗品と、古いエフェクターやマイクなどが並んでいて、全品50%オフになっていた。

店には常連らしき男女が3人と店主が音楽のことではない、自分たちに日常のことを普通に会話していて、奥のスタジオからはドラムスの音が漏れているという、楽器屋のありふれた光景だった。

僕は店内の商品を眺めながら、楽器屋のすでに残り香に近いものになっていた匂いをかぎ、その雰囲気をしばらく楽しませてもらった。

「閉店しちゃうんですね」

それをきっかけにして店主と少しだけ、特に何というものでもない言葉のやりとりを少しだけしようかと思っていたが、やめた。そのために行ったのに。

店と店主に親しんできた人たち、それが商店街の親しい人たちなのか、音楽をやっている店の常連の人たちなのか、清春と同じように、昔、あの店に通っていた人たちで、久しぶりに訪ねて来た人たちなのか、あるいは、閉店の知らせを聞いて寄って来た人たちなのかはわからないけれど、少なくとも、僕よりは店と店主との関係が深く思い出も持っている人たちだろうから、普段、冷やかしだけで店を出る時に言う「ありがと」だけ言ってガラスのドアに手をかけ、新参者はそっと店から出た。後ろから店主の「どうも」という声が聞こえて振り返りながら僕も会釈した。

楽器屋、レコード屋、プラモ屋、玩具屋、文房具屋、本屋、駄菓子屋、、、

子どもの頃に僕がやりたかったものがどんどんなくなっていく。


これは娘のスネアドラム。パールのブラスシェル。今年の誕生日に彼女のものになった。
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どんなパートの楽器も全部扱ってるような大きなチェーン店ではなく、名古屋市内にある老舗の打楽器専門店を部活の先輩に教えてもらい、そこへ何度か通って、店のスタッフに相談してあれこれアドバイスを受けて、最後は僕に相談して、そして自分自身でこれを選んだ。
購入の時は僕も一緒に行ったんだけど、店のスタッフと普通に会話している娘を見て、あらためて大きくなったなあと嬉しくなった。

そこではメーカーから入荷したものを一旦分解して、細部まで調整した上で組み直してあるそうで、娘曰く、大きな楽器屋に置いてあるものと同じものでも、まったく音が違っているそうだ。
そして、そこで買ったものはずっと無料でメンテナンスもしてくれるそうだ。
道理で全国からオーダーやメンテの依頼が来たり、名だたるドラマー、パーカッショニストたちの御用達なわけだ。

スティックはなぜかリンゴ・スターのシグネイチャー・モデルも使っている。手にしっくりくるそうだ。
一人でドラムの個人練習にレンタルスタジオに行くこともあって、スタジオのスタッフにも顔を覚えてもらえたりするのも楽しいようだ。うん、わかるわかる(笑)

親が言うのもなんだけど、彼女のドラムスは、なかなかうまい。

(トップの写真は本文とは関係ないけど、雰囲気で、)

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by thin-p | 2010-08-22 13:01 | 雑記帳 | Comments(2)

Commented by narita at 2010-08-23 19:12 x
8月いっぱいで終わっちゃうんですか、そういうお店が無くなって行くのは残念ですね。とりあえず多治見駅近くに住んでる友人に教えてあげなくっちゃ。
一期一会、昔の人は良いこと言いますね。
だから人との出会いも楽しいのかも?
50過ぎた私はシミジミ感じております(笑)
Commented by thin-p at 2010-08-23 23:34
> narita先輩    

そうなんですよ、それこそなんの思い入れも思い出も無い店なんだけど、たまたま通りかかっただけの店なんだけど、あの日、店主がウッドベースの調整をしてたりしなければ、それに僕が気付かなければ、ただ、楽器屋があるってだけしか思わないで通り過ぎていました。

小田和正じゃないけど、「あの日あの時あの場所で君に会えなかったら、僕らはいつまでも見知らぬ二人のママ...」
そう、ママは二人いたんです!!ちがうわ!(いらんボケ突っ込み、失礼しました・笑)

もう店には在庫一掃的な品物しかなかったけど、でも弦とかスティックとか、買いだめしておくにはいいかもしれませんので、そのお友達に教えてあげてください。

そう、ほんと、そうですね。
そういう出会いと儚さとか刹那さとか、切なさとかの1つ1つがとても愛おしく感じるようになった気がします(笑)