「シン・ゴジラ」を劇場で観終わった時に思い浮かんだのが「風立ちぬ」だった。

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宮崎駿の長編アニメ映画製作引退作品「風立ちぬ」の主人公、堀越二郎を声で演じた庵野秀明が総監督、脚本、編集を担った「シン・ゴジラ」。

二人はジブリ作品「風の谷のナウシカ」で運命的に出会い、師弟関係となったのはよく知られたエピソードだ。

2011年3月に宮崎駿が関東大震災を描いている最中に起きた東日本大震災によって表現者としての覚悟を迫られ、渾身の思いで、まさに命を削り創り上げた「風立ちぬ」を、作家ではなく別のかたちの表現者として第二次世界大戦の真っ只中で「(唯)まっすぐに、(唯)生きねば」を表した庵野秀明だから、「シン・ゴジラ」は弟子から師匠への答え、あるいは「補完」なのではないだろうか、と、そんなことを想像するのであった。

それがあの台詞なのかな、なんてことを思ってみたり。

庵野秀明は園子温や太田隆文よりもっとリアルに震災と原発を捉え、ポジティブなメッセージを添えて表している。

好みの問題もあるけれど、僕にはそう感じられた。


実はもうひとつ、思い出した映画作品があった。

日曜のレイトショーにして最終上映回の劇場のシートに身を沈め、薄明かりがフェードアウトしたのちにスクリーンに映し出された東宝のロゴマーク。
期待と不安が交錯する中で始まった本編の冒頭のシーンは1998年の庵野監督作品「ラブ&ポップ(原作:村上龍)」を彷彿させられたからだ。

で、ああ、これは庵野秀明作品なのだとあらためて確信し、そのあとはエンドロールが終わって場内がうっすら明るくなるまでその感覚的残像があった。

僕は「ラブ&ポップ」公開時、感動のあまりすぐに次回上映のチケットを購入し、二度見したのだった。
映画が原作を超えたと思った。
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雑感、雑文は書き出すと紐付けのメモリがあれこれ出てきちゃうからいつもキリがない、というか、踏ん切りが悪い。ま、しゃーない(笑)

追記(2016.08.02):映画「風立ちぬ」特別予告編

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by thin-p | 2016-08-01 22:40 | 映画 | Comments(2)

Commented by フラーケン at 2016-08-07 18:28 x
拝見しました。おっしゃる通りだと思います。実は風立ちぬとシン・ゴジラは他にも繋がりがあり、今回CGゴジラのモーションアクターを務めた野村萬斎さんは風立ちぬにも出演され、要所で庵野監督の演じられた二郎と対話します。それに、サラウンド全盛の今、風立ちぬはモノラル音声で話題になりましたが、シン・ゴジラも5,1チャンネルやドルビーアトモスといったサラウンドではなく、サラウンド音声抜きの3.1チャンネルステレオです。宮崎監督も庵野監督も、今の超絶サラウンドには不満があるのかもしれないです。他にもまだまだありそうですね。
Commented by thin-p at 2016-08-09 23:01
> フラーケンさん

コメントありがとうございます。
二人の監督は近世の日本映画を本気で憂いているのだと思います。
アニメや特撮を表現手段にしているから、とかくフィルターやバイアスがかかった評価がされてしまいがちですが、それを逆手に、若い世代や共感共鳴できる感性に向けて危機感と本物の感動の両極を発信していると勝手に期待を託しています。

と、同時にハリウッド映画の内政志向にも極東から警鐘を鳴らしているのでは、と勝手に勘ぐっています。

いろんな符号やマークを勝手に読み解き、それをいろいろな人と語り共有する場は、インターネットじゃない方がいいな、と、シン・ゴジラを経験して、何人かと直に感想をぶつけあった今、そんなことも強く思ったりします。