里帰り [7月編]

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立秋もお盆ウィークも過ぎ、夜なんかは涼しい風が窓から入ってくるようになったりしてますが、皆様におかれましてはお元気?
僕は7月下旬から先週のお盆ウィークまでが仕事の繁忙期で、それが一段落した今はすでに秋から冬へ向けての企画と準備が少しずつ始まったりして、だから疲れが溜まった体をメンテナンス&リフレッシュしながら、連日オリンピック観戦も楽しみつつ、残りの夏を満喫してます。頭は秋冬!けど気持ちはまだ夏!!みたいな。

いやあ、それにしてもソフトボールの金メダルと女子サッカーのベスト4は素晴らしかったなあ。感動して涙が出ちゃいました。と、そんな北京五輪の感想は閉幕してからまとめて総括しようと思ってるので、今日は先月のことになるけど、親父の初盆のことを書きます。書きますってゆーか、ちょこちょこ書き足してきたものをアップしますので、よかったらお付き合い下さい。

ご存知の通り、親父が昨年末に亡くなり、今年の夏はその初盆があったわけです。

全国各地、いろいろな風習があると思いますが、一般的には8月中旬が盆ウィークとされ、企業の夏期休暇もそこに集中していますが、浜松のお盆と言えば 7月13日〜15日と、曜日は無関係に日が決まっています。
冠婚葬祭には各地の風習や習わし、しきたりなどがあるように、浜松にもまた独自のものがあります。
それを紹介しながら、親父の初めての里帰りのことをライフログとして、ここにスナップショットと共に書き残したいと思います。よかったらお付き合い下さい。




浜松では盆供(お盆の供養)は 7月の13日に迎え火を焚くところから始まり、15日の送り火を焚くまで続きます。(地区によっては14日に迎え火を焚くこともあります)
特に初盆の家は、祭壇を飾り、玄関先か軒先に盆提灯を下げ、お参りに来てくれる大勢の人々を迎えます。

葬儀は大惨事などを除いて特定の日にたくさん集中する事はないけど、初盆は日が決まっているため、祭壇などは春頃に予約しておかないと希望のデザインやサイズや値段のものが押さえられなかったり、香典のお返しや親戚が集まった時の料理なんかも早めに予約手配しとかないとあとで大変なことになったりするんですよ。
うちは4月の中旬にお袋と典礼会社の展示会へ行って全部段取りを付けといたので、いい感じの祭壇になりましたが、場合によっては金額が倍くらい違うものしか残っていないなんてこともあるそうで、春に無理して行っといてよかったなと。

これも何度も書いてる事だけど、僕は長男でありながら名古屋の家へ婿養子として入ったため、実家のことは両親の世話も継承も弟に一任してあったんですが、その弟家族が2004年の暮れに会社の辞令で渡米し、最低でも5年間は帰って来れないという状況になっていて、彼らが不在の間は僕がそれまでの親不孝の償いも含め(笑)しょっちゅう帰って、冠婚葬祭のあれこれや、家や両親の世話などを弟の代わりに務めてきたわけです。変なの(笑2)

で、その弟家族が、親父の死後、お袋が一人になってしまっていることに対する会社の温情もあって、在米任期を2年繰り上げて、6月15日、奇しくも父の日に、完全帰国する事ができたんです。
これでお袋も独りぼっちじゃなくなって、とにかくみんなが安心できたんですよ。

そんなわけで、初盆の段取りは僕とお袋で全部つけといたけど、当日の仕切りは弟家族に任せて、、、っとなるかと言えば、そこはなかなか難しく...

弟の子供は上が高校2年の女の子、下が中学1年の男の子、その学校の編入手続きだとか、膨大な量の荷物整理、3年半空けていた家を生活できるまでにするためのあらゆる準備、仕事環境の整備、近所のこと、弟の奥さんの実家の事、などなど、、、。
もちろんお互いにそばにいれるようになって、僕らも時差を気にせず電話もできるし、それだけでもありがたいことで、だけど、物理的にどうしようもないこともあり、葬儀はもちろん、今回の盆供も対外的には跡継ぎの弟が施主として最低限の務めを果たしてもらうとしながら、それ以外のすべては僕とお袋で仕切って、それぞれの妻子があとをフォローするという体制でやる事に決めてありました。

大袈裟に思われるかもしれないけど、それくらい浜松の初盆は大変なんですよ(笑)

じゃ、ここからは浜松のお盆を順を追って説明して行きますが、何が大変て、要するに、お通夜が2日半続くと思ってもらえばわかるかな?

c0030705_131448.jpg7月12日(土)

僕と妻子は昼頃に浜松へ着いて、インターから実家への途中で、以前ここに書いたことある昔から行きつけの店でランチ。

アメリカのダイナー風の店で、駐車場には3on3のコートもあり、名物はカレーとケーキとかき氷。どれも最高の部類だと僕は思ってる。

いろいろたのんで3人でシェアして食べたんだけど、中でも(実は今回初挑戦だった)ポテトとベーコンのオープンサンドが実に美味かった!

たぶん、次回は3人ともあれをオーダーすると思う(笑)ってそれくらい美味かったと満足して実家へ。

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晴天に向けてぐんぐん伸びる庭のとうもろこし。大きな実がついていたから夜に食べよう。

(で、その夜茹でてもらって食べた。粒はちいちゃかったけど美味かった)
c0030705_1423065.jpg地面には今まさに成虫へと変身を遂げたばかりのセミが羽根を伸ばしてる真っ最中。

羽を広げると25cmくらいあるんじゃないかっていう黒アゲハだとかトンボや蜂や、他にもいろんな昆虫が飛び回る庭には、それを狙う鳥たちもたくさん集まってくる。
弟が大嫌いなカエルもいるから、僕が大嫌いな蛇もたまに現れるっていう、そんな庭。
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リートも相変わらず元気で、僕らが到着したら大はしゃぎだったけど、さすがに暑いから日陰でおすわり(笑)
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リートと庭の花々の話しも、そろそろ書こうと思ってる。


荷物を運び込んで座敷に行くと盆飾りが立派に出来上がっていた。
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7月13日(日)

盆供の初日。今年は日曜日だから弟も会社を無理なく休めたり、親戚の人たちにも集まってもらいやすくてちょうどよかった。

親戚の人たちが集まってきて、和尚さんが昼前に来てお経を読んでくれて、そのあとみんなで会食。

そして、そのあとで迎え火を焚いた。
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門先で松の木を燃やし、それを竹と木を1本ずつで1組にした長い箸を使って参列者全員で火を祭壇のある座敷の縁側まで運ぶ。
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この火を目印に、親父とご先祖様一行が胡瓜で作った馬と茄子の牛の背に乗って、あの世から里帰りするわけだ。
c0030705_1112563.jpg長旅、ごくろうさま。ご飯をどうぞ(笑)

この馬と牛は「おしょろ様」と言って、弟の指揮のもと、子供たちが作ってくれた。

僕はこれがとても好きで、子供の頃に20個くらい作って叱られたことがある(笑)
今年もほんとは僕が作りたかったけど我慢した(笑2)

「おかえりなさい」
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初盆の初日、儀式的なことはこれで一段落。
でも実はここからが盆供の始まりなのだ。

生前お付き合いのあった人たちや近所の人たち、昼間に来れなかった親戚などが夕方4時頃から続々とお参りに来てくれる。
家の地域は13日、隣の町は14日と、昔からずらしているところもあるけれど、重なる人は日に4軒も5軒もハシゴすることもある。
線香をあげてすぐに帰る人もいれば、思い出話や近況を報告し合う人もいて、だから家族総出で対応する。
挨拶したり、お礼を言ったり、話しをしたり、お茶を出したり、香典のお返しを渡したり、通夜よりは少なめとは言え、夜の10時頃まで、ほぼひっきりなしに誰かが座敷の祭壇の前にいるという状況が続く。
さすがに足腰にきた(笑)

娘はまだ夏休み前だしってことで、夜もそれほど遅くならない時間に妻と名古屋の両親(妻の両親)と一緒に車で先に帰ったが、僕は15日の送り火までは残ることになっていた。

さっきも書いたけど、帰国後、かなり仕事が詰まってる弟が会社を休めず、僕はまだ本格的な繁忙期の前ということと、この時期ならまだコンピュータとインターネットと電話があれば名古屋を離れていてもなんとかなるってことで、“代役”をすることにしていたからだ。

お客さんも親戚もみんな帰って、初日のあれこれが無事に済み、ホッと一息のお袋。
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7月14日(月)
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お盆の中日。
この日も朝からちょこちょこと近所の人や、前日に来れなかった人がお参りに来てくれた。そう、僕が浜松にのこったのは、この時にいるべき施主の代役のためなのだ。

けど、ま、この日は初日ほどじゃないから、仕事もしつつ、アメリカから続々と届く弟家族の荷物の片付けも手伝いつつ、昼寝もしつつ、って感じで過ごした。
あっと言う間に1日が終わった。

この日は姪の高校初登校の日でもあった。
帰国した6月中旬から編入試験に向けて準備をしてきて、見事に合格し、2学期からという選択肢もあったようだけど、でも、1日も早く学校へ行きたいと希望した事で、夏休みまであと1週間というこの日が初登校となったそうだ。

中学1年の甥は義務教育なので、すでに通学していた。
幼なじみでもある大親友たちと一緒に学校へ通えることを、ほんとうに心の底から喜んでいるのが彼の全身から溢れている。
浜松の男の子なら1度は経験するサッカー少年団に幼稚園の時から入っていて、アメリカでも町のサッカークラブに入っていた彼は、とうぜん中学のサッカー部に入った。

そんな元気いっぱいの甥っ子が毎日楽しそうに自分も通っていたけど卒業できなかった中学へ通う姿を見続けていた姪が、努力してつかんだ浜松でいちばんの高校入学の切符。
真新しい制服を着てバス停へ、地面に靴がついてないって思えるほどに、まさに跳ねるように駆けて行った。

親父が生きてたら、きっと朝から玄関の外でカメラを構えていただろうって思って、仕事で朝早く家を出ていた弟の代わりとしても、僕が写真を撮ってあげた。
とびきりの笑顔だった。

c0030705_1205855.jpgそんな姪のために、僕が中学の時に使ってたギターを再生したってのを先月ここに書いたけど、その作業をこの日の午後、お客さんが途切れた時にした。

このギターについてのエピソードはいずれまた書こうと思ってる。

2日目はそんな感じで過ぎていった。
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玄関先の花にとまってたスイッチョン。

花の表面を喰っちゃうからところどころ白くなっちゃってるでしょ。
けど、もしかしたらこいつもお供かもしれないから追っ払わない(笑)
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どこからか現れたカニ。

こいつも突然現れたので、たぶんお供なのだろう。
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ハチ。

ま、こいつらは普段もいるけど、ま、お供ってことにしておこう(笑)
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ミカンの木にセミの抜け殻。

もしかしたら昨日、地面で羽を伸ばしてたヤツのかもしれない。

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7月15日(火)

初盆の盆供もいよいよ最終日。
朝いちばんで弟が出勤し、そのあと姪が登校、そして最後に歩いて5分のところにある僕と弟の母校でもある中学へ甥が登校。
それを見送って朝飯。
僕は実家のみそ汁がいちばん好きで、それは妻も娘も同じで、来る度に一お袋と一緒に調理するんだけど、どうも同じ味じゃないって言う。
だから同じ出汁を使って、(名古屋じゃ売ってない)同じ味噌を買ってって同じように作るんだけど、どうも違うのが気に入らないらしい。あ、いや、僕はどっちも美味いと思ってますけど(笑)


この日は朝から親父の古くからの友人達が訪ねてきてくれた。

遠方から来てくれた親父の大親友は、リタイヤ後に始めた絵手紙がいまや趣味の域を大きくはみ出して、個展を開いたり、アトリエを持って町内の人たちに教えたりするようになったそうで、昨年の正月にも自作の年賀状を送ってくれていたそうだ。

親父もお袋も、3年前にそれまで賀状のやりとりをしていたすべての人にその旨を書き添えて送った新年の挨拶を最後に年賀状をやめていた。
だからその絵手紙年賀状にも返事を出してなくて、その代わりに、昨年9月に、最後の親孝行だからとお袋に言われて同行した東北旅行(当時の記事)の宿から親父はその人に絵葉書を送っていたそうだ。お袋は投函を手伝ったから知っていたけど僕は知らなかった。

それを持ってきて見せてくださった。

息子と一緒に東北を旅しています。
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胸がいっぱいになった。ありがたかった。だけど声が震えてしまうのが解りきっていたから、正座のまま畳に手をついて頭を下げるのがやっとだった。けっきょく涙がこぼれたから誤摩化したって同じだったんだけどね(笑)


そうこうしていたら弟が会社から早退してきた。
送り火を焚いてお寺へ行くのには、やはり施主がいなくてはならない。

午後4時頃、親戚が集まってきて、姪が下校してきた。
親父とご先祖様一行があの世へ帰る支度が始まった。

まず一行を乗せて来てくれたおしょろ様や霊供膳の道具など一式を、祭壇の敷物に使っていたススキのゴザでくるんで、お寺へ納める準備をする。
そして送り火を焚く。今度は13日の迎え火と逆の手順だ。

c0030705_1332327.jpg祭壇のある座敷の縁側で松の薪に火をつける。

それを門のところまでみんなで運ぶ。
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この頃、甥も下校して来た。
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門先まで運んだ火は一旦消して、残った松の薪と諸々持って、みんなで寺と墓へ行く。

うちは寺も墓も真裏だから楽だ。歩いて3分かからない。

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門をくぐった先には住職手書きの絵や句や文字が書かれた和紙の灯籠が並んでいる。

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門先まで出た親父とご先祖様一行が迷わないように、墓の前で「扉はここだよ」と火を焚く。
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最後に、さっき出がけに準備して来たものをお寺の本堂の前に納めて、住職に経をあげてもらって初盆の儀はおしまい。

家へ戻って集まってくれた親戚の人たちや近所の人と一緒に食事をして「お疲れ様」

こうして3日間の初盆の供養もすべて終わった。

僕は帰り支度を済ませて、最後にもう1回、さっきはまだ日が暮れる前で蝋燭に火が灯ってなかった寺の灯籠を見に行った。
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今年の春に完成した千手観音像の中にも明かりが灯り、夕焼け空と相まって、実に美しかった。

葬儀から初盆まで、田舎ならではのいろいろな風習や慣例をこなしてきて思ったのは、これらすべてをしっかりとやりきらなきゃ故人の顔に泥を塗ることになるとか、世間体的にとか、そういう習わしがあるのは大変な反面、哀しみに暮れてる暇はないっていう、少なくともその間はそれなりに緊張感もあり、多くの人の手を借りなきゃ前に進んで行けないっていうことでもあり、親類縁者との連携や相談も然り。
遺族、特に家族にとっては、それこそ、お袋にとってはありがたいシステムなんだってこと。
とにかく1つ1つクリアして超えて行かなきゃならないわけで、お参りに来てくれる人がどんな人で、どれほどの関係なのかもそこで知ることができて、それが今後継続するかどうかは別としても、それだってこういう機会がなきゃ知る術すらないわけだからありがたいと思った。極端な話し、謝罪や感謝を伝える最後のチャンスでもあるかもしれないしね。

だから僕も翌日、朝からのアポイントがなきゃ、もう1泊して爆睡してたかもしれないけど、奮起して帰って来れた(笑)帰って来れたんだけど、自宅に到着してクルマを降りた時に帰って来た事を少しだけ後悔した。だってさ、もう、イヤんなるほど蒸し暑くてさ(泣・笑)


親父が倒れてから永眠するまでの 2年10ヶ月の間のあれこれと、その葬儀の時の事を、僕はいずれまた写真を交えながらここに書くと思う。
それは僕のライフログだけど、もしも興味があったら、どうぞお気軽に読んでやってください。写真と雑談。どちらも親父が好きだったものだから(笑)


8月もあと10日程、世間一般的なお盆ウィークが過ぎたこの時期、フランスではこう挨拶するそうです。ボンジュール。
え〜、暑さ寒さもお盆までと申しますので、もう寒くないですね。あ、そりゃ彼岸か。
ということで、ソフトボール日本代表チーム、悲願の金メダル獲得、おめでとう!!

おあとがよろしいようで。 よろしいか? よろしい。

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by thin-p | 2008-08-22 02:12 | スナップ | Comments(2)

Commented by 猫娘 at 2008-08-23 17:44 x
「おしょろ様」スーパー可愛い!!!
背中のやつ、あれご先祖様がつかまる為にあるんだよね??
二人乗りってこと???めちゃめちゃカワイい!!

私はお盆やったことないので、
行事の一つ一つ興味深く読ませてもらいました。

thin-p師のお父さんもご両親をこうやって見送りお迎えして、そしてthin-p師もまたお迎え見送られて、脈々をつながってんだなぁ〜。と、感慨深かったです。
うちは完璧核家族化してるから、あんまし行事見せてもらってない。

こういうライフログ自体も感慨深いな〜。
なにってわけじゃないけど、人一人生きてるとこういう風にいろいろあったりなかったり思ったりすんだな〜って。

すごくいいライフログ読ませてもらいました!
ありがとう!

Commented by thin-p at 2008-08-24 00:24
> 猫娘@ボディケアとメンテは順調?

ういっす/  あざーす(笑)

おしょろ様、お盆とか関係なしに一度作ってみ?
すげえ楽しいから(笑)で、茄子や胡瓜みると、とりあえず「あ、これならかわいいの作れそう♪」とか思えてきちゃうクセになるから(爆)

う〜ん、二人乗りなのかな?荷物も積んでくるし、けど、それぞれに2人ずつ乗ってる方がかわいいよね(笑)

おしょろ様は「御精霊様」と書くんだけど、ご先祖様たちは来るときは胡瓜の馬に乗って、荷物を茄子の牛に乗せて来て、帰るときは茄子の牛に乗ってゆっくり帰るんだってさ(笑)

僕も冠婚葬祭のしきたりは都度聞きながら教わりながらだよ。
実家と名古屋とこっちのお母さんの実家のある三重県の山の中と全部しきたりや習わしが違うし。

最近、仏教も神道も神社仏閣も、それぞれの歴史や意味も含めて、ちゃんと知っときたいなあっていう気になってるんだよね。
たぶん、知れば知るほど世界のことがわかる気がするんだよね。なんとなく。

ライフログシリーズ、近々またアップするからよかったらまた気楽に読んでね。

じゃ、週末はのんびりオーバーホールを楽しむがよい(笑)3−9!