ライ麦畑のつかまえ人

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「とにかくね、僕にはね、広いライ麦畑やなんかがあってさ、そこで小さな子どもたちがみんなでなんかのゲームをしているのが見えてくるんだよ。何千という子どもたちがいるんだ。そして、あたりには誰もいない ー 誰もって大人はだよ ー 僕のほかにはね。で、僕はあぶなくない崖のふちに立っているんだ。僕のやる仕事はね、誰でも崖から転がり落ちそうになったら、その子をつかまえることなんだ。つまり、子どもたちは走っているときにどこを通ってるかなんて見やしないだろう。そんなときに僕は、どっからか、さっととび出して来て、その子をつかまえてやらなきゃならないんだ。一日中、それだけをやればいいんだな。ライ麦畑のつかまえ役、そういうものに僕はなりたいんだよ。」
『ライ麦畑でつかまえて』/J・D・サリンジャー 訳:野崎孝

もしも君が、ほんとうにこの話しを聞きたいんならだな、まず、僕がどこで生まれたとか、本を読むことは、それがなんであれ、雑誌も含めて子どもの頃から好きだったとか、大学時代〜就職までの期間は収入のほとんどを楽器やスタジオ代につぎ込んでいたもんだから最低限の生活費しか残らず、銭湯に行けなくてシンクでアタマ洗ったり、とりあえず濡れタオルでカラダだけごしごし拭いてた事もあたり、好きな本もレコードも買うことなんかとんでもなかったとか、その当時はブックオフなんてものもなかったしさ、っていうくだんないことから聞きたがるかもしれないけどさ、まあ、僕には昔そういう頃があって、で、違う大学だったけど近所に変な先輩がいて、ひょんなことで出会って、なぜか気に入られて面倒見てくれたり、悪い遊びも美味い酒も人生についてもおんなじノリで教えてくれて、まあ、今思えば、その有り体や生き方や考え方もかなり胡散臭く青臭いものではあったけど、でもね、ビートだったんだよ。そう、あれはビートニクだったんだ。
その先輩は本とレコードをたくさん持っていて、夜中に僕の部屋へキャンベルの缶スープと紙袋に突っ込まれたかじりかけのバケットと飲みかけのトリスの瓶とレコードと本を数冊、両手に抱えて持ってやってくるんだ。これ聴け、これ読め、これ食え、これ飲めって感じで。
先輩は学生のクセにOLだとか水商売の女性とつきあってて、本命は女子大のおじょうさんだったんだけどね、たいてい、僕のとこへ来てちょっと居て、そのままそういう“おんな”の部屋へ行っちゃうことがほとんどで、まあ、ヒモ的なことしてたからバイトしないくてもいい暮らししてたのさ。憧れたよ、うん。
僕は先輩がそういう女の人の部屋で何かしている様子を想像しながら、悶々としてキャンベルの缶スープを温めることもせずトリスを水で薄めて飲みながらブルーノートのレコードをかけて本を読んでいた。
その1冊が、J・D・サリンジャーのこの本だったってわけさ。
先輩はものすげえ馬鹿野郎だったけど、世間をあまり知らなくて、どちらかといえばかっこつけで自意識が強かった僕を、馬鹿やろうこのヤロウって素っ裸にしてくれたことに今はものすげえ感謝してるんだ。さいしょは変な人につかまっちゃったなあって後悔してたのに、だんだんとあんな馬鹿野郎になりたいって憧れちゃうようになったんだよ。

「ライ麦畑でつかまえて」。原題は「The Catcher in the Rye」だから直訳すればこのエントリーのタイトルになるこの本から僕は言う程絶大な影響を受けたわけでも深い感銘を覚えたわけでもないんだけど、その後に影響を受けた人たちの背景にこの本があることを知るたびに、どっかでつながるものがあるのかなとうっすら思っていたんだよね。

後にホームページやBBSや、今のこういうブログだとかで雑文をタイプするようになって、僕がこの本と、この翻訳に、やっぱ影響受けてたんだなあと思うようになったよ。あとちょっと村上龍をパロったってとこもあったけど(笑)

前に書いた小説なんか、ビートを意識して文節をやたら延ばしたり、あえて句読点とか打たずに続けたりしてたし、ブログとかだとたまにこうして変な口語体で書いてみたりしていて、ゆうべ夕刊を読んだ娘が、この作家とこの作品はどういうものかと聞くので、それぞれ1冊ずつ持っている妻と僕は1000分の1くらいに要約して説明してやり、僕の本棚から取り出し埃を払ってぱらぱらっと久々に開いてみて、あらためて、ああ、これを模倣してたのかと思った。(写真の本は数年前に買うだけ買って読んでないほぼ新品)

大勢の人に話したのを後悔しているんだ。僕にわかっていることといえば、話しに出てきた連中がいまここにいないのが寂しいということだけさ。たとえばストラドレーターやアクリーでさえ、そうなんだ。あのモーリスの奴でさえ、なつかしいような気がする。おかしなもんさ。誰にもなんにも話さないほうがいいぜ。話せば、話しに出てきた連中が現に身辺にいないのが、物足りなくなって来るんだから。

大馬鹿野郎の先輩が今もまだ大馬鹿野郎なのかどうか、会って確かめたいってずっと思ってるんだけど、それももう叶わない。
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by thin-p | 2010-01-30 11:53 | 雑記帳 | Comments(0)