いま、ヨハネスブルグの第9地区では...

いよいよ来月に開幕が迫ったFIFAワールドカップ・南アフリカ大会

今夜の日韓戦のことはめんどくさいので書かないけど、ってかさ、韓国チームも決してベストな状態じゃなかったし、かつてはやたらと漂ってきた迫力が感じられなかったし、しかもこっちはホームだっちゅーのに、まるでいいとこナシってどういうことだこのやろー!っていう、これじゃ盛り上がるわけねーわなっての。過去3大会の直前もいつも万全だったとは言えないけど、でもあそこまで中途半端な状態ってなかったような気がするんだけど。主力の何人かがベンチ入りしてなかったって言ったって、本番でそうなったらどうするんだっての。
メンバーがちょっと変わったくらいでガクンとレベルダウンするなんて、お前らは部員20人にも満たない高校サッカーのどっかの県の初出場チームか?もうさ、俊輔に何か期待してるようじゃね。けど遠藤も阿部も岡崎も存在感薄かったし、大久保も相変わらずだし、本田も囲まれたらおしまいだし、長谷部も普通だし、岡ちゃん感情的になっちゃってるし、あとで知ったけど、壮行試合なのにサポーターに挨拶しないで逃げちゃったって言うしさ...とほほ以下。

<追記>
あとでいろいろ見聞きして、岡田さんのその後の言動に触れ、あれは人気選手をCMなどに起用しているスポンサーに、本選じゃオレが決めたオーダーで闘うからな!それがダメならオレは南アフリカには行かねーからな!どうすんだよ!おら!!...と、サッカー協会だとか代理店だとかが居る部屋へ怒鳴り込みに行ったんじゃないかっていう想像に変わり、今では岡田さんのファンになった僕。</追記>

そりゃ応援するよ、するけどさ、せめて応援したくなるチームであってくれ。

と、いうことで、日本代表があまりに情けないので、同じワールドカップ絡みのネタでも、7月11日の決勝戦会場があるヨハネスブルグの街に起こった出来事を描いた映画についてあれこれ書こうと思う。

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*第9地区(日本語)   *D-9.com(英語)


彼の地は映画の中の話しではなく、現実に今も殺人、強盗、強姦、恐喝、暴力、ひったくり、車上狙い、麻薬売買などの犯罪が、時刻、場所を問わず頻発しているそうだ。(Wikiより)

ぜったい行きたくない。
けど、この映画を見ちゃったら行きたくなっちゃった。





恐ろしい映画だった。

物語自体や描写が恐ろしいっていうんじゃなくて、この映画に込められた(とするならば、その)様々なテーマやメッセージや意味があまりにもリアルな現実に結びついて想像できてしまうことに恐怖を覚えた。
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詳しいあらすじは公式サイトや映画サイトに書かれているのでそちらを読んでもらうとして、簡単に要約すると、【あらすじ】突然地球に流れ着いた宇宙難民のエイリアンを収容していたら、それが28年も続いちゃって、犯罪の温床になってスラムと化してしまい、えらいことになっちゃって、どうにもならんから政府が民間の軍事請負企業に難民キャンプの移設を託し、半ば強制的に計画を推進する。

この国家的事業の責任者となった主人公のヴィカスはまったく冴えなくてダサくて、仕事もあまり出来そうにないごく普通のサラリーマン。なのに責任者に起用されたのは妻の父親が勤め先の重役だからというあからさまな縁故起用。

全世界が注視する中、いよいよ開始されたエイリアン居住区移転計画(という体の強制立ち退き作戦)の初日にヴィカスは得体の知れない黒い液体を浴びて身体に異変が生じてしまう。左手から徐々にエイリアン化し始めてしまったのだ。

ここから先は人間の心の土台である「真・善・美」の要素をすべて盛り込んで物語が展開して行く。

つまり、真と偽、善と悪、美と醜が激しく交わったり入れ替わったりしながら、まさにこの物語の中の空中で停止したままだった巨大円盤と同じく、どこへどう着地させるのか、予測を裏切りながらも感動へと向かって進んで行く。

あ、【あらすじ】コーナーは数行前で終わってます(笑)

「真・善・美」という言葉を聞いたことあるかな?

意味は文字通りで、それらがあるものは正しいとされ、反意語もそのまま真反対の意味なので誤りとなる。(正・誤というのはそのままの意味だけではないけど、わかりやすく簡単に説明するとそういうこと)

「真・善・美」は「偽・悪・醜」と対になっていて、「真/偽・善/悪・美/醜」と表されることもあり、そうすると物事の本質が見えてきたり、人はどういう時に感動するのか、共感はどのように生まれるのか、心が強くなったり弱くなったりするのは何故か、、、などを構造的に捉えやすくなる。
映画や演劇など物語を伴う作品の脚本や演出には不可欠なものであり、若い頃にはこれをじっくりみっちりこってり仕込まれた。

これについては10年くらい前にHPでおもしろおかしく紹介させてもらったことがあるから今日は書かない。興味ある人はこちらへどうぞ。

<追記>
そのサイトを置いてあったプロバイダと喧嘩して撤収しちゃったので、今はリンク無効です。
読みたい人はコメントくれたらどっかに再アップします。</追記>

ちょっとだけ書くと、物語の場合は、例えば、美しい人が実はものすごく醜い心の持ち主で、裏ではとんでもないことをしていたりすると、ゾっとする。
極悪人が何かのきっかけで改心、あるいは本当の心を取り戻して人を助けたり善い行いをすると心から拍手を送りたくなる。
ものすごい弱虫が勇気を振り絞って大きな的に立ち向かって行く姿は人に感動を与える。

真→偽でも偽→真でも、その大きなギャップに人は心を動かされ、感動や恐怖や共感や教訓に結びつけていく。

そう思って名作と言われる書物や映画や演劇を思い出してもらえば、それらにはこの「真/偽・善/悪・美/醜」がしっかりと見事に刻み込まれているのがわかると思う。時には史実や事実でも当てはまる場合がある。
これが世に言う「事実は小説よりも奇なり」である。 か? あ、いや、適当です、すみません。ま、中らずと雖も遠からずということで。

あ、余談だけど、「当たらずとも遠からず」は間違いだからね。

余談ついでに(あ、今日もまた脱線しまくりの予感…;)実はこの第9地区と言う映画、僕はずっとまったくのノーマークだった。
どうせまた、巨大彗星か正体不明の恐怖が地球に襲いかかり、人類が滅亡して行く中で奇跡的に生き延びる家族の話しか、変なクリーチャーやミュータントが生き残った人類と戦う的な近未来的安物SFか何かだと思い込んでいて、予告編すら見ていなかった。

と、いうことで、見に行こうと思うまではまったく知りもせず、況やまったく期待してなかったこの映画に僕はものすごく感動した。

はい、感想第一部終了です。  え~~~~!???

これも偽→真の一種なのだけど、ここで締めたら単にそれだけで捉えられちゃうね(笑)

もちろん、物語の中身にこの転換がたくさん盛り込まれてるから感動したんだよ。
詳しく書いちゃうと薄っぺらくしか伝わらないと思って、それはイヤなのであえて書かないけど、これはただ悪趣味な造形のエイリアンが汚物や死骸の中でのたうち回ったり、人間が木っ端みじんに飛び散ったりグチャとかグニュとかブチッっていうだけのグロテスクな映画じゃないぞと、文字を最大にして書いておきたいくらいに声を最大にして言っておきたい。どっちでもいいけど、そういうこと。

では引き続き、感想第二部に移らせていただきます。あ、長くなりますよ。
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第二部は、そう、これはホントに怖い映画だっていう話し。

てか、よく公開したよね、あんなすごい設定の作品を。
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この映画の原題は「District 9」。
アパルトヘイト時代の南アフリカが人種隔離政策として黒人を隔離するためにケープタウンに設けた居住区が District 6。

エイリアンが地球に住み着いてから28年。
28年はネルソン・マンデラが投獄されていた年数。

物語に登場する人間のマフィアはナイジェリア人だという設定。
ナイジェリア人はアフリカで最も悪いことをする奴らだという風評。

カニバリズムをやめないそのマフィアのボスの名前がナイジェリア前大統領と同じ、オバサンジョ。

他にも明らかに何かのメタファーだというものがたくさん盛り込まれていて、あからさまに気付くものと、映像や台詞などの隙間に巧みに隠されたものもあって、ストーリー展開だけではなく、そういうところにもハラハラさせられる。

と、こういう描き方の説明や感想などでよく「確信犯的」という言葉が使われるが、その使い方も間違いだから。テレビで芸人やタレントが好んで使うけど、その大半がめちゃくちゃなので、正確な意味をちゃんと知っといた方がいいよと、知らないまでも、少なくとも「確信犯」ってのは単に「わざと」という意味じゃなく、もっと思想的で哲学的で道徳的な意味を持つんだってことだけでも知っとくべきだと今更?(笑)

と、小ネタも挟みつつ。

で、だ。

この映画からいちばん感じたことを書くのにはものすごく勇気がいる。と僕は思ってる。から詳しく書かない。てか書けない。危ないから。正確にも書けないし想像だけで書いてしまうのはもっと危ないと思う。

断っておくが、僕がこの映画から受け取ったものはアパルトヘイトに対する問題定義という類いのものではない。
それならもっと短くまとめることができる。たぶん。

僕はこの作品はミスディレクション(=意図的誤誘導)をしていると思う。

ってことで、ちょっと曖昧な表現を使って書いてみる。

たとえば、某国が滅びたとしよう。
その国は一部の支配的階層と大多数の貧困層という構造だとしよう。
その国が滅亡して国民の大多数が近隣諸国へ逃げ出し、ものすごい数の難民が発生したとしよう。
指導者やリーダーや軍人たちは皆処刑されたか、どこか地下に潜ったか隠れてしまい、残されたのは平民たちだけで、彼らが持ち合わせている国際的な情報や知識の量と質は極めて薄く偏っていて、しかも大半は衰弱しているとしよう。
使い物にならないけれども暴発の危険を孕んだ前時代的な武器をたくさん持ち出したとしよう。様々な病気やウィルスのキャリアもたくさん含まれているかもしれない。
100人とか1000人とかのレベルじゃなく、何百万人という規模の難民が拒む間もなく押し寄せてきたら、近隣諸国はどうする?

武器で威嚇して追い返す?追い返せないくらいの人数だけどね。

水際作戦を張り絶対に受け入れない?たぶん無理。どんどん来るんだもん。

人道支援の国際協力として一部受け入れをする?
えー… で、一部ってのはどれだけに対する何パーセントで、その受け入れ期間はいつまで?

でさあ、受け入れたが最後、そのまま居着いちゃったらどうするよ?

出て行ってもらう側の立場がなぜか弱くなって、居座ってる側の言いなりになっちゃうってこともあるんじゃねーの?わけのわからない理由で脅されたり居直られたりして、あるいは誰かが旨いとこだけ持ってっちゃって、その代わりのなんか変な裏約束とかしちゃってたりして。

いつの間にかどんどん増えちゃってるし… あ~ぁ… どうするよ?…

そんな状況の中で狡猾な悪い奴がじゃんじゃん暗躍して、とんでもない金を儲けたり、取り締まり不可能な犯罪が蔓延して、密約だとか密書だとか裏金だとか口約束や空手形もたくさん出たり消えたりして、にっちもさっちも行かなくなり、揚句の果てには共生しか道がなくなって、どっちがどっちに取り込まれるかはわからないけど同化してしまい、表面的には平穏な世界になって、しかし根底にはものすごいドロドロした物が消えること無く悪臭を少しずつ発しながら更に腐っていき、それが幾重にもなって風土になってしまう。
闘うことを職業とする人間と、あくどいことをして生きている人間が人間じゃない何かに変わって行ってしまい、普通の人間も気がつけば人間じゃなくなっていってしまう。

のかもしれない。という想像。あくまで仮想。

近い将来、身近なところでもしかしたらそういうことが起きるかもしれないっていう恐怖を感じた。

実際そういう恐怖が起こりうる世界情勢だから、ほんとにそうなっちゃったらどこが引き受けるんだよこのやろうっていうのが本音だから誰も手出しできないわけで。とか。

それと関連して、今までの District が抱える問題を根本から解決するとか言っちゃって、他所に移すとか出来もしないことを公言して怖い連中に睨まれてからビビっちゃったり、で、結局「やっぱ無理」みたいな。さ。

そんな風に想像力を働かせていくと、他にも世界中のいろんな問題を連想できちゃうんだよね。まったく。そういうのが見終わった後にじわじわ来ちゃって余計に怖くなる。その反面、というか、同時に、そういう感覚がジグソーパズルのピースになって、それらが収まる場所が見つかっていくのがおもしろかったり興奮したり。

あと、この映画はドキュメンタリー・フィルム的手法が演出に用いられている。
けど、もしかしたら、それは演出じゃなくて、全部ほんとに起きている事件なのかもしれない。
日本国内さえ、宮崎県の口蹄疫被害があまりリアルなものとして伝わって来ないのが正直な実感であり、ニュース映像を見てもどうもピンと来ない。
けれども、そこへ行ってみればきっと言葉で言い表せない程の何かを感じて、様々な現実を理解できるのだろう。沖縄のこともそうだと思う。

そういうことを娯楽映画の感想に引き出すのはけしからんと思われるかもしれないけれど、ワールドカップが開催される国の治安のことも北朝鮮の実情もタイのデモもすべてにリアリティを感じられる人はほとんどいないに等しいと思う。

だから、もしかしたら、あの巨大な円盤が本当にヨハネスブルグの上空に浮かんでいて、第9地区から第10地区へと移された250万以上のエイリアンたちが今も繁殖を続けていて、すでに人間とのミックスも少しずつ増えていたりして...っていう、そんな恐ろしさも感じた。

この映画は B級のフリをしてパニックとサスペンスと SFと戦争モノをミックスしたエンターテイメントのフリをして、とんでもないことを描いてる。
と、受け取ろうと思えば受け取れて、その中に数あるフックに引っかかったキーワードや疑問をインターネットや図書館で見聞するとテレビや新聞のニュースよりもいろんなことがわかってくるよっていうのが僕の感想。そう、感じて想ったことだから感想。好き勝手だから合ってるかどうかもわからない適当なものです。
けど、「ヨハネスブルグ」や「ナイジェリア」を Wikipediaでサーチするだけでもすごくいろいろなことがわかるし益々興味が広がっていくと思うし知識欲も湧いてくると思う。

はい、感想第二部はここまでです。

最後に全体を要約します。

泣けました。切なくて。人間もエイリアンも、人間の形じゃないすべてのものも。

けど、最後に残るのは、やっぱあれだな、うん…(泣)

もう1回観たい。以上。

まだ2010年も上半期を終える前ですが、インビクタスと第9地区、奇しくも南アフリカを舞台にしたこの2作品が「オレ様アカデミー賞2010」の最右翼です。

*第9地区(日本語)   *D-9.com(英語) ← ダンゼンコッチノホウガ COOL デオモロイヨ
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さあ、次はいよいよ待ちに待った「アウトレイジ」だな。

さいならさいならさいなら。

最後の最後に、やっぱサッカー日本代表のネタは楽しくアップしたいものだ。
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by thin-p | 2010-05-25 00:39 | 映画 | Comments(2)

Commented by たなポン at 2010-05-26 01:26 x
ついに見てしまいましたか!(笑)
頑張って、最後まで感想文読破いたしました(^^)v
自分はここまで深く掘り下げては考えませんでしたが…
人間って恐ろしい…ってのが「第9地区」を見て、一番先に出てくる言葉でしたね。
全くいい意味で期待を裏切られた作品だったので、とっても衝撃的でした。

同日に「タイタンの戦い」を見たのですが、「第9地区」の前に見ればよかったと後悔しましたよ。
タイタンはまわりで結構評判がよかったので、もしも第9がコケタときのお口直し的な感覚で後に持ってきたのですが、第9の衝撃があまりにも強すぎて、タイタンがちっとも面白く感じられませんでした。トホホ…

先週見た「パリより愛をこめて」…これはいい!
安心できるスリリングさ(って、変な表現ですが)、ちゃんとしたどんでん返し(これまた矛盾?)
アクション好きにはたまりませんわ!(^^)!

で、その数日後に「グリーン・ゾーン」を見ました。
こりゃ、自分の知識薄さに反省!
もっと、イラク戦争の勉強をしてから見るべきでした。
Commented by thin-p at 2010-05-26 23:56
> たなポンちゃん@映画通     

うん、ついに見ちゃったよ(笑)

いやぁ、思いつくままの、とっちらかって、ただ長い駄文を読んでくれただけでも嬉しいのにコメントまでありがとう(笑)

そうだね、この手の映画の常套句だけど、いちばん恐ろしいのは人間っていう、ヴィカスだって相当酷いことするしね。

そして差別と被差別が1夜にして入れ替わっちゃうってのはほんとに怖いことだと思うね。てか、それ以前に差別っていうのは本当に悲しくて恐ろしい。

僕はグリーン・ゾーンもハート・ロッカーも見てないからわからないけど、戦争や政治を扱ったものって、その現実から遠いところにいると、なかなか本質やメッセージが伝わって来ないものだけど、でも、それを見て何かを感じたのなら、あとからでもあれこれ興味を持ったキーワードをググってみると、映画を見てなきゃまったく理解できないことでもなんとなく自分なりに解釈できたりして、むしろあとからの方がわかることが多いと思うんだよね。僕はいつもそう。

だからあまり予備知識を詰めこまなくても大丈夫だと思うよ(笑)

パリより愛をこめて、これも評判いいね。
実はトラボルタのファンなんだよ(笑)