浜松まつり中止に思う

久しぶりに青い空が見える名古屋は、日陰に入ると肌寒いけれど、日向は風の冷たさよりも春の穏やかな暖かさを少し感じて心地よく、今朝は仕事の前に久しぶりに近所を歩いた。
風邪の初期症状が溜まってた疲れと肩凝りと腰痛と扁桃腺の腫れとだるさを誘発したようで、日曜の夜から体調を崩していた。
崩していたと言いつつ、日常生活には支障がないので、あれこれ片付けていたのだが。

ここのところ、震災の影響を思わぬ形で実感している。

日本で暮らす外国人たちへ、本国からの避難勧告や国外退去命令により、例えばコンビニなどのアルバイトをしている外国人が首都圏からいなくなり、店自体は地震などの直接の影響を受けていなくても人手が無くなり運営ができないという話しを聞いて唖然としたり、様々な催しや祭りが物理的に開催出来なくなったり自粛的中止が決定されたことを広報やニュースで知り呆然としたり。
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先週末には浜松市で開催予定だった「がんこ祭2011 ~第11回 浜松よさこい祭り~」も中止となった。
これはトンパテレビが公式ライブカメラとして関わることになっていて、僕も土日はずっと現場に張り付く予定だった。
その中止と、振り替えて被災地への支援活動に充てるという詳細情報を確認しようと市のウェブサイトなどを調べていた時、「浜松まつり中止」の文字に目が止まった。止まったまま、しばらくの間、書いてある内容が信じられなかった。
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全国各地の祭りや、スポーツ関係を含む各種イベントが中止されている。
開催地の立地や地理的条件によっては、たとえ被災地から遠い場所でも、万が一の時の対応が出来なさそうなところは事故を未然に防ぐためにも開催すべきではないと思う。
浜松まつりの昼間の部は中田島砂丘近くの広場が会場なので、もしもの場合に津波が来たら、あれだけの市民と見物客をどうやっても一度に避難させられるはずが無く、それは苦渋の選択であると同時に、極めて懸命な判断であったと思う。
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ただ、この状況が長く続くと僕は生活が出来なくなるかもしれない。

浜松まつりには関わっていないが、僕の仕事はイベントの企画制作と現場演出、そして運営だ。

すでにいくつかの仕事がキャンセルになった。
去年から少しずつ業務の内容や業態、方向性をシフトしてきたものの、まだ完全に移行出来ているわけでも、新規事業が完全に軌道に乗っているわけでもないので、下手をすると死活問題になりかねない。いや、まちがいなくなるだろう。
世が世なら社会で最も不要な職業とされるだろうし、ましてやこれを機に苦しくなっても、まちがっても被支援者にはなれないのだし。

今年は人生の正念場になるかもしれない。
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と、まぁ、この状況に置かれているのは僕だけではないのだから、知恵を働かせて思いと体が動くうちは全開で動かして一点突破していくしかないのだ。
そうして少しでも自分と自分の周りを動かしていこうと思うのだ。
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【追記】

中止ではなく、形を変えて開催することは出来なかったのかという思いがある。
開催場所が海の近くだからという理由で僕は「中止はやむをえない」と書いた。
これはあくまで私見だが、そこさえ回避すれば、例えば各町内で、まちなかで、勇ましく賑やかなラッパとかけ声を、それこそ被災地まで届かせるくらいの元気と勢いで鳴り響かせて、浜松っ子の思いと心意気を示した方がいいと思う。

野球やサッカーも、どうせ今年はまともなペナントレースにはならないのだから、いっそ各地の市民球場などで、観戦料金も半額くらいにして巡業的にやれば、特に被災地とその周辺の人たちは喜ぶんじゃないだろうか。
球団と関連会社と選手やスタッフの収入は減るだろうけど、それは義援金の代わりだと、社会は評価するんじゃないだろうか。

僕が言いたいのは、自粛が善で実施が悪というムードに日本中が覆い尽くされるのは避けなくてはならないと、そういうことだ。特にマスメディアは被災地の人々の心中だけではなく、その他の地域の人々の心をも気遣った言葉選びや思いやりをもった記事やニュースを発信してもらいたい。
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by thin-p | 2011-03-22 13:55 | 雑記帳 | Comments(0)