我が誇りの、悲しさを爆笑に変えることのできるチーム

頼もしいスタッフだった男が今日、あの世へと旅立った。
大きな体でほんとは気の小さなワガママの塊のようなヤツだったけど、それを誤摩化すためにいつも笑顔で毒を吐き、落ち着きが無い子どもっぽい振る舞いで周りみんなを笑わせていた。
大学の7つか8つ後輩でもあったから、無条件先輩後輩縦関係による無理難題もたくさん押し付けたが、もー、とか、勘弁して下さいよーとか言いながら、結局引き受けて楽しい現場を作ってくれた。

毎年暮れに、かつて同じ釜のメシを食ったスタッフたちが集まって、当時と同じ店で飲み食いをする会があり、そのメンバーの誰かが結婚するとか、引っ越すとか、帰ってきたとか、そんな時にも集まるようになり、みんなそれなりの年齢になって少しは自由が利くようにもなり、毎年少しずつあの頃のスタッフや、その下の世代も参加してくれるようになり、更に子どもとか奥さんとか旦那さんを連れて来たりもするので時には30人近く集まる事があり、店の人たちもそれを楽しみにして喜んでくれるし、その場をいまも持ち続けていられることが僕の自慢のひとつだ。

そんな会に2年前の暮れにやつも来てくれた。
いちばん仲良くツルンでたヤツが呼んでくれたのだった。
それがヤツと会った最後の夜になってしまった。

高校を卒業してすぐ、大学1年の時から卒業まで、そのあとも繁忙期には手伝ってくれた世界一サンタクロースが似合う男は、ゆうべの通夜では棺の中で一言も喋らず笑わず静かだった。

急な知らせだったが駆けつけることが出来たかつての仲間たちは会場で皆悲しみに沈んだ。

僕を含むその10人は通夜の会場を後にして近くのファミレスでおかわり自由なドリンクを飲みながらみんなで思い出話に花を咲かせた。
寄ると触ると始まる昔のバカエピソードの数々にいつものように爆笑が連続した。

それぞれが自家用車だから居酒屋ではなくファミレスで、それぞれが家庭を持ち晩飯を家で食うからと、腹ぺこなのに全員ソフトドリンクで(笑)

仲間が、しかも舎弟分だったり親友だったりした男の死が悲しくないわけはない。
通夜で会った子どものことや家族のことを思えばやりきれなくもなる。

そんなことは言うまでもないし、それこそ同じ釜のメシを食い、苦楽を共にしてきたのだから、みんなして泣いた。

今までは結婚や出産、栄転、帰省など、祝いや喜びの集いだったけど、だんだんと別れのための集いが避けられない年齢になってきたのだ。
一人、また一人といなくなっていく時が来る。
それを恐れていても仕方ない。現実なのだから。

もの言わなくなったヤツのバカエピソードを出し合い、ヤツとはまったく関係のないバカ話に脱線もしながら爆笑できるこいつらがいればそんな時が来ても心強い。
自分の番になったとしても、みんなが集まってわいわい賑やかにやってくれればそれほど頼もしいことはない。

これからはいいことがあっても、そうじゃないことの時も、その当事者が主催の同窓会だと思う事にした。まさに夕べがそうだった。

僕一人が作った組織ではないが、あのチームが今も続いていることは僕の誇りだ。

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あばよ。またな。ありがとな。
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by thin-p | 2012-09-08 00:25 | 雑記帳 | Comments(0)